日本が誇るキングオブコメディアン『志村けん』!!

お笑い

永遠のスーパーヒーロー『志村けんさん』の地元東村山駅へ行き、念願だった銅像を遂に見て参りました!!

 

いやぁ感動したなー。

本当に大好きなキングオブコメディアン。

私PATAの人格を形成するうえで、とてつもなく多大な影響を及ぼしています。

 

それでは早速紹介して行きたいと思います!

 

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志村けんさん 銅像プロジェクト

事の始まりは、新型コロナウイルスに罹患された志村けんさんが2020年3月29日(享年70歳)にお亡くなりになったことにより動き始めます。

 

志村けんさん、ありがとう。

 

私たち東村山市 市民にとって、志村けんさんの訃報は本当に辛く、驚きの出来事でした。

1973年にドリフターズとして活躍し始めて以降、東村山音頭など地元に非常にゆかりある活動をされていました。

この47年間、たくさんの笑いと感動を私たちに届けてくださりました。

そして、この度の訃報を受け、東村山市に設置した献花台には計1t以上の花や供物が届けられ、市役所にはたくさんの追悼のメッセージをいただきました。

けんさんは東村山市民みんなの中に生き続けています。

けんさんとゆかり深い方々からも、「何かできないのか?何かするなら全面的に協力する」とご相談をいただくこともあり、半年間考え続けた結果、今回「志村けん銅像プロジェクト」を立ち上げることとなりました。

この銅像は、誰かが作るものではなく皆さんと作るものだからこそ意味があると思っています。

皆様からのたくさんの「ありがとう。」の想いを一つにした銅像を作ります。

けんさん、本当にありがとうございました。

改めてご冥福をお祈りいたします。

今はゆっくりとおやすみください。

東村山市民 一同

引用元:志村けんさん銅像プロジェクト実行委員会

 

こちらのプロジェクト発足により、クラウドファンディングでの賛同者からの支援金の元、2021年6月26日に晴れて銅像お披露目となったわけでございます。

 

引用元:志村けんさん銅像プロジェクト実行委員会

 

引用元:志村けんさん銅像プロジェクト実行委員会

 

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西武線 東村山駅東口へ

 

そして遂に私PATA念願の銅像を見るべく行って参りました。

昭和51年に植樹された3本の『志村けんの木』を見に行った以来振りの東村山駅への上陸です。

鼻息も荒く遂に眼前に『志村けんさんの銅像』がっ!!!

 

深夜でも照明に照らされている志村師匠

 

多くの笑いと感動をありがとう。×2兆な気持ちでした…

 

個人的には和装ならいっそバカ殿でも良かったのになと思ってみたり…

 

支援者の顔写真をたくさん集めて作った元気玉的な志村師匠の良いお顔

 

さ、さ、さいこうすぎる!!!!!

 

泣けるぜ師匠!!!!!

 

いっそ東村山駅だけじゃなくて各駅に銅像を!いや、各家庭に銅像を!プロジェクト発足してくれないかなー。

なんで死んじゃったんだよ…

 

ってな具合に情緒がジェットコースターのようにぐわんぐわんと行ったり来たりする始末でした。

そして、痛恨のミステイクを犯す大失態です。

毎年開催されていた、志村けんさんの舞台『志村魂』で発売されていたお気に入りのTシャツを着ていない私PATA。

チッ!我ながら使えねぇな!

 

本当はこのTシャツを着て銅像の前でアイーンをブチかましたかった…

 

子供は壊れるんじゃないか心配になるぐらい笑っていました

 

ちなみにこの『シムラケン』Tシャツを着ていると、通り過ぎる人の視線が胸に集まり巨乳の女性の気持ちがわかります。

上手に見ているつもりの男性諸君!

絶対に女性はあなたの視線に気付いているので気を付けてください!!

 

なんの話だっけ…???

 

巨乳はいったん置いといて、銅像です。

私PATAの身近にいる人は、志村けんさんの大ファンだということを知っているのでこの銅像の写真を撮って送ってくれたりしていたのですが、遂に自分の両の眼でビシッと拝むことが出来ました。

感動と感謝と寂しさと悔しさと、本当に色んな思いがごちゃ混ぜになりました。

 

喪が明けるまで

私PATAは芸人になりたかったんですが、その中でも『志村けんさんとコントがしてみたい』ってことが小学生の頃からの夢だったんですね。

当然、叶うわけもなかったわけですが、実際に芸人をほんの少しやってみたりもしたわけで、間違いなく人生の大きい部分を占めていたわけです。

 

 

ちょっとだけおセンチな話になります…

 

本当に亡くなった当時は日本中が悲しみにくれていたのは重々承知しているのですが、私PATAはガラにもなく相当なダメージを受けていました。

何をしていても頭の中では「志村けんが死んだ…もういない…コントが見れない…なんで…」とずーっとそればっかり。

食欲も消え失せてしまい、大きかった体がみるみるしぼみ気付けば体重もマイナス7~8kg。

 

会う人会う人に「痩せたね?大丈夫?」と声をかけられていました。

「だいじょぶだぁ!」と返せる余裕もなくだいじょばない日々を過ごしていたわけです。

初めて発令された緊急事態宣言の影響もあり、仕事以外での外出もなくなり体力もどんどん落ちていく状態でした。

ある時、いつも使っていたビジネスバッグが鉛のように重たいと思い「こりゃいかん!」と奮起して飯をとにかく食べまくり見事ナイスリバウンドをのちに果たすわけです。

 

そして、このままじゃダメだなと。

普段は全く飲まないお酒をたくさん買い込んで、家で志村けんさんのコントを泣きながら笑いながら、ベロベロになるまで見たわけです。

結果的に自宅で気持ち悪くなり、吐きそうだと千鳥足でお風呂場へ急ぎ吐こうとしたその刹那、上からではなく下からう○こを盛大に漏らして、自分で大爆笑して私PATAの喪が明けたのであります。

 

こんなワンカップ大関も売っています。

 

なんだこのオチwww

 

大人にも見て欲しい

志村けんさんの笑いを子供の頃はみんな見ていたはずですが、歳を重ねていく過程である頃からあまり見なくなる人が多いように思います。

そんな人に見てもらいたいのがこちらです。

 

 

『となりのシムラ』です。

こちらはNHKで放送された全6回のコントです。

カツラも被らず、素のままの志村けんさんが有名な役者人とコントを繰り広げています。

 

特別大がかりなセットがあるわけでもなく、日常を描いた哀愁たっぷりなサラリーマンを演じています。

バカ殿やだいじょぶだぁとは全く違った『役者志村けん』を感じてもらえる作品です。

60歳を越える上司にプレゼントしましたが、最高だったとお褒めのお言葉も頂戴しております。

 

騙されたと思って一度、いや千回ぐらいは見て欲しい作品です。

時折見せるNHKのホームラン作品です。

 

そして、今度は師弟愛です。

 

 

こちらは志村けんさんのお弟子『乾き亭げそ太郎さん』の著書になります。

バカ殿の家来の中に黒縁メガネをかけている人を見たことありませんかね?

あぁ~いたかもね!のその人の本になります。

 

師匠と弟子の関係性や、笑いに対する思いや仕事への向き合い方に至るまで、全てを記してくれています。

ちなみに私PATAは涙なしでは読むことが出来ませんでした。

ぜひ読んでいただきたい一冊です。

 

他にも笑いだけではなく人生の教科書として、こちらは必読書となります。

 

 

 

 

学校の道徳の授業はこれでOKです。

立派な大人に成長出来ます。

 

新社会人の方もぜひ参考にして欲しい内容ばかりです。

 

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終わりに

いかがだったでしょうか??

私PATAの暑苦しい志村愛が伝わったでしょうか??

 

お酒が飲めたら…

遅刻癖が無ければ…

 

私PATAは弟子入りしていたかもしれません。

この2つの要素が志村けんさんを語るうえで欠かせない部分であるということを、好き過ぎるがゆえに知っていたので、行動に移すことが出来ませんでした。

 

志村けんさんに一度だけお会いした時のことを、こちらの記事に書いてありますので宜しければこちらもお読みください。

 

 

それでは、最後までお付き合いありがとうございました。

 

アイーーーーーーーーーーン!!!

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pata37

37歳にして遅咲きのニートデビューを果たしました!!
独身、無職、肥満を武器にブログに挑戦します。
面白いこと、お金のこと、音楽のこと、映画のこと、そんな辺りを書いて行けたらな―と思っています。

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